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3月31日(木)午後9時 定時連絡
まずは現地からのメールで
「柳川さんお疲れ様です、一連の流れから。
第二高松園:(8:00~)
タバコ受け渡し
服のフィードバックを聞く
(お礼をいただくが、具体的な感想などは聞けませんでした。質問力が低くてすみません)
昼ごはんのお断り
高松園:(9:30)
避難者の話を聞く。
→具体的な1日の流れを把握。朝御飯を終えると、各自自分の家を片している。そして夕飯まで帰ってこない、なので朝御飯終了のタイミングで、お手伝いできないか聞く。
彼らの家の状況を見に行く→高松園以外の方々も片付けをされていたので、声をかけるが断られる、やはり人付き合いは重要だと実感。
午後。
畠山さんと合流して、鮪立へ(電話で報告分につき下に掲載)
明日の流れ、今後の流れ
明日:
午前高松園で被災者支援、ガレキ処理。
午後鮪立でがれき処理と関係性作り。
今後:
高松園の状況を見ながら、GWくらいまでは鮪立の被災者支援。」(以上メールによる連絡)
電話による報告:鮪 立(しびたち)の老人憩いの家に70名くらいの避難者、すぐ隣の児童館に中学生以下の子供の居る家族が避難、しっかりした避難所運営がなされている、
組織 図がはってある、食べ物、雑貨類は充実している、医者の診療を受けることができている、
水道は2日前に開いた、電気はまだだが発電機があり一時間くらいテ レビをつけている、
憩いの家と児童館の間の通路が土手状になっていて行き来しにくかったのを避難二日後に自分たちで階段を作って改善した、かなり活気のあ る自立的な避難所になっている、
自衛隊が船をもってきて船の中で入浴サービス、男性が被災後初めての風呂に入る。
4月2日(土)の午後より、避難所を中心に瓦礫の処理を、山岳隊?が重装備を持ってきて行うらしい、そのすき間的な仕事がかなりあるのではと思われる、
近 所にある家に行く人達を紹介してもらいお手伝いできればいい、居続けることがおもしろい、私達のことを徐々に皆が認識し始めている。
エピソード、雑談:
Y君のズボンのチャックが自動で開いてしまうのを見かねたMさんが修繕。
馬 場さんの家で畠山さんと待ち合わせているときにK君が失踪、馬場さんの孫たちも加わって「Kちゃん、Kちゃん」と叫びながら捜索、実は浜に下りて散歩中に 家を整理している人に出会いそのまま片付けの手伝いに入っていたとか、
今後は2人以上で行動すること、行く先を必ず他のメンバーに告げていくことをルール にした、怪我の功名で「Kちゃん」が有名になった。
Y君、三人の男性が冷蔵庫を運び出していたのを手伝おうと思ったが相手にされなかった、その後80歳の「戦艦ヤマトの隊長」名乗る男性に出会い語り合う、
昔、駐車違反で警官とけんかになり裁判して負けて3000円払ったという話を聞いた後、敬礼をして別れた。
高松園の避難者で「太陽」という小学校3年生の子が母と一緒に被災、東京に出かけていた姉と父親がネットで母子の安否を調べたら、死亡と書かれていてあわてた父娘は東京から5日間かけて歩いたりしてたどり着き無事に親子再会した。
まずは現地からのメールで
「柳川さんお疲れ様です、一連の流れから。
第二高松園:(8:00~)
タバコ受け渡し
服のフィードバックを聞く
(お礼をいただくが、具体的な感想などは聞けませんでした。質問力が低くてすみません)
昼ごはんのお断り
高松園:(9:30)
避難者の話を聞く。
→具体的な1日の流れを把握。朝御飯を終えると、各自自分の家を片している。そして夕飯まで帰ってこない、なので朝御飯終了のタイミングで、お手伝いできないか聞く。
彼らの家の状況を見に行く→高松園以外の方々も片付けをされていたので、声をかけるが断られる、やはり人付き合いは重要だと実感。
午後。
畠山さんと合流して、鮪立へ(電話で報告分につき下に掲載)
明日の流れ、今後の流れ
明日:
午前高松園で被災者支援、ガレキ処理。
午後鮪立でがれき処理と関係性作り。
今後:
高松園の状況を見ながら、GWくらいまでは鮪立の被災者支援。」(以上メールによる連絡)
電話による報告:鮪 立(しびたち)の老人憩いの家に70名くらいの避難者、すぐ隣の児童館に中学生以下の子供の居る家族が避難、しっかりした避難所運営がなされている、
組織 図がはってある、食べ物、雑貨類は充実している、医者の診療を受けることができている、
水道は2日前に開いた、電気はまだだが発電機があり一時間くらいテ レビをつけている、
憩いの家と児童館の間の通路が土手状になっていて行き来しにくかったのを避難二日後に自分たちで階段を作って改善した、かなり活気のあ る自立的な避難所になっている、
自衛隊が船をもってきて船の中で入浴サービス、男性が被災後初めての風呂に入る。
4月2日(土)の午後より、避難所を中心に瓦礫の処理を、山岳隊?が重装備を持ってきて行うらしい、そのすき間的な仕事がかなりあるのではと思われる、
近 所にある家に行く人達を紹介してもらいお手伝いできればいい、居続けることがおもしろい、私達のことを徐々に皆が認識し始めている。
エピソード、雑談:
Y君のズボンのチャックが自動で開いてしまうのを見かねたMさんが修繕。
馬 場さんの家で畠山さんと待ち合わせているときにK君が失踪、馬場さんの孫たちも加わって「Kちゃん、Kちゃん」と叫びながら捜索、実は浜に下りて散歩中に 家を整理している人に出会いそのまま片付けの手伝いに入っていたとか、
今後は2人以上で行動すること、行く先を必ず他のメンバーに告げていくことをルール にした、怪我の功名で「Kちゃん」が有名になった。
Y君、三人の男性が冷蔵庫を運び出していたのを手伝おうと思ったが相手にされなかった、その後80歳の「戦艦ヤマトの隊長」名乗る男性に出会い語り合う、
昔、駐車違反で警官とけんかになり裁判して負けて3000円払ったという話を聞いた後、敬礼をして別れた。
高松園の避難者で「太陽」という小学校3年生の子が母と一緒に被災、東京に出かけていた姉と父親がネットで母子の安否を調べたら、死亡と書かれていてあわてた父娘は東京から5日間かけて歩いたりしてたどり着き無事に親子再会した。
投稿日時 ... 2011年03月31日(Thu)23時39分 ... (No.92) New!
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